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医療・福祉

睡眠時無呼吸症候群にご注意!肺高血圧症や心不全の合併症も

江原幸壱 2010/03/22
 最近、睡眠時無呼吸症候群(SAS)がマスコミで取り上げられることが多くなった。睡眠1時間あたりの無呼吸や低呼吸が10回以上起こる場合に睡眠時無呼吸症候群と診断される。睡眠時無呼吸症候群の合併症には心筋梗塞、狭心症、脳血管障害、高血圧、糖尿病などがあり、死亡率が高くなるので睡眠時無呼吸症候群は看過できない病気である。
 
 去る3月13日に慶應義塾大学病院(東京都新宿区)でAPH(NPO肺高血圧症研究会)が主催する、肺高血圧症と睡眠時無呼吸症候群について考える勉強会が行われた。循環器内科田村雄一医師が実例を紹介しながら平易な言葉で病気の説明をし、患者が納得するまで質疑応答が繰り返された。

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田村医師に熱心に質問する患者さん。撮影・江原幸壱

 肺高血圧症は、心臓から肺へ血液を送り出す血管が狭くなって肺動脈の血圧が高くなる病気である。初期症状は、坂道や階段を登るときに息切れがしたり、呼吸が苦しくなったり、立ちくらみしたりする。さらに進むと心不全を起こし、動悸、足のむくみなどがあらわれる。失神、咳、血痰がでることもある。原因が不明の原発性と、膠原病や先天性心疾患などが原因の二次性がある。かつては、肺高血圧症は肺移植以外に助かる方法がなかった死亡率が高い難病であったが、現在は治療薬が開発され、生存率が高くなってきている。
 
 睡眠時無呼吸症候群には、肥満やあごの形が原因で気道を塞いでしまう閉塞性無呼吸と中枢神経から呼吸の司令がいかない中枢性無呼吸がある。治療法は、閉塞性無呼吸にはマスクを通して気道に圧力をかけるCPAP療法、中枢性無呼吸には在宅酸素療法(HOT)と心不全専用の人工呼吸器(ASV)を使う方法がある。
 
 睡眠時無呼吸症候群と診断されて実際にCPAP療法を施した患者からは、よく眠れて疲れがとれ、大変楽になったという感想が聞かれた。
 
 肺高血圧症の患者の中にはよく眠れていないという自覚症状がある患者がいたが、これが睡眠時無呼吸症候群であると自覚していた患者はほとんどいなかった。田村医師は肺高血圧症や心不全の患者には中枢性の睡眠時無呼吸症候群を合併している患者が多いことに警鐘を鳴らし、その治療に意欲的に取り組んでいる。
 
 睡眠時無呼吸症候群の治療には保険が適用される場合があるので、疑わしいと思われる人は専門医を受診するとよい。田村医師は「いびきがうるさい」「日中の眠気が多い」「熟眠感が得られない」などの症状を自覚する場合には、一度睡眠時無呼吸の有無を確かめる検査を行うことを勧めている。
 
 「患者の自立」を促すスタイルの医療が確立していない日本では、外来だけでは患者が自分の病気をとことん理解し、心底納得して治療を受けることは難しい。患者と医師の交流の橋渡しになっている患者会の存在意義は大きい。
 
 
●睡眠時無呼吸症候群(慶應義塾大学病院)
 http://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000265.html
 
●肺高血圧症研究会
 http://www.aphj.org/

暮らし

新薬使えず命を見捨てるドラッグ・ラグ(下)

江原幸壱 2010/03/22
世界レベルでは一般的に使用されている有効な薬剤が、日本では使用を認められていないケースが、多々ある。薬剤によっては、20年も遅れている場合さえある。医療関係者の間では常識だが、患者や患者の家族は問題にぶつかって初めて知り、愕然とすることになる。東京で開かれたこの問題を考える集会の模様を報告する。

 ドラッグ・ラグ、ワクチン・ラグの問題について考える「知っていますか?ドラッグ・ワクチン「ラグ」」というセミナーが3月8日に東京・渋谷の東京ウィメンズプラザで開催された。第1部では「ドラッグ・ラグ」や「ワクチン・ラグ」に関しての研究報告と現状の問題が紹介され、第2部ではドラッグ・ワクチン「ラグ」解消のための討論が行われた。

ドラッグ・ワクチン「ラグ」の根本的解決の方法とは?

 ドラッグ・ラグの問題を考える際にその対極として常に薬害の問題が取り上げられる。最近の薬害検証委員会の会議では、規制当局の責任と組織づくりについてのみ話されているようである。しかし、行政のあり方ばかりを論じてもドラッグ・ワクチン「ラグ」の根本的解決には結びつかない。

 小野氏の報告によると、最近承認された新薬のドラッグ・ラグの分析では、日本では、米国に比べ2年遅れて新薬の開発が始められ、臨床期間が1年半長くかかり、承認するのに半年余計にかかり、合計すると約4年のラグがあることがわかった。これは実際に販売に至った薬剤のみの分析事例なので、まだ承認されずに残されている新薬も合わせると、ドラッグ・ラグは2倍になる試算もあるらしい。

 ドラッグ・ラグの問題は対処療法では根本的解決にはならない。それぞれの立場で以下のような改善が必要である。

 製薬企業については、今までは日本での新薬の開発着手が、欧米から遅れれば遅れるほど開発成功確率が高くなるために、遅らせていたことがあったらしい。これからは早期に開発着手すると、早めた分の売り上げが増え、全体としては企業の利益に結びつくという思考の転換がはかられるとよい。

 行政側に求められる改善策は、厚生労働省内に医薬品に対する患者側の要望や苦情を一元管理する部署を設けることである。人道的観点から患者の命を守ることを最優先し、誰でも標準治療が受けられるように、医薬品の承認方法、薬事法、薬価制度、療養担当規則を早期に見直し、弾力的に運用することである。

 患者・国民は、医薬品やワクチンは、効果が100%あるということはないこと、副作用は全くないということはないこと、を認識する必要がある。奏功率100%、副作用0%を求めるためにドラッグ・ワクチン「ラグ」を生み、かえって命を危うくしてしまっている事実を認識しなくてはならない。

 ドラッグ・ワクチン「ラグ」の問題解決は、悪者探しではなく、企業、行政、患者の3者それぞれがすぐに改善に取り組み、日々命の危険にさらされている患者、明日当事者になりうる全国民を救わなくてはならない。

パネルディスカッション

 それぞれの疾患におけるドラッグ・ワクチン「ラグ」の現状を紹介しながら、「ラグ」解消のための方法について討論が行われた。

 ムコ多糖症は、進行性の小児難病であり、診断された2003年には治療薬はなかった。日本では治療薬の開発が行われていなかったため、米国に渡り治験に参加した患者は1年後に治療が行われた。日本では、アーティストの参加や報道で扱われたため支援活動が広がり、I〜VII型のうちII型については米国の承認後1年2ヶ月で治療薬が承認された。I型については3年半のドラッグ・ラグがあり、その間に多くの方が亡くなっていた。

 子どもの命を守るため、日本でも全新生児を対象に新生児スクリーニングを行うべきである。新生児期に治療を開始すれば治療効果が最も高いとされている。

 肺高血圧症は、従来は発症から数年で亡くなる疾患とされていたが、世界的な標準治療の薬剤が適切に投与されれば、患者のQOL(生活の質)はかなり改善され、普通に近い生活を送ることも可能である。現在日本でこの疾患の治療薬として承認されているのは世界の半数しかないという状況がある。高額治療であっても患者の命には代えられない。

 厚生労働省は医療費の上昇が保険制度を破壊すると言っているが、実際にどの程度の影響がでるのか、わかっていないので検証すべきである。

 C型肝炎はインターフェロン治療しか完治する方法はない。この治療法の副作用は100%、完治する可能性は半々ということを認識しつつ治療している。薬害肝炎訴訟では、副作用と薬害は明確に違うという認識で活動している。日本は薬剤承認の取り消しにも米国に比べ20年のタイムラグがあった。

 薬害を出さないために新薬の承認は慎重にしてほしいという薬害患者の要望に対しては、厚生労働省は、「新薬の承認を急いでほしいという患者側の要望がある」と言う。一方、新薬の承認に時間がかかる理由については、「薬害が起きないように慎重に審査している」と言う。厚生労働省は双方を対立させる構図を作り出して説明していた。

 毎日120人が肝ガンで亡くなっている現状を訴え続けなければいけない。薬害の活動を通して、動けば変わることを実感した。
 
 薬害と未承認薬の問題を対立させているマスコミの姿勢にも問題がある。承認された薬剤で副作用がでた際に、その背景を調べないで「薬害」と書き立てた。副作用がある一方、その薬剤しか治療する術がない患者がいることを当事者が厚生労働省に訴えた。マスコミ報道の問題とともに、ドラッグ・ラグの解消には、国民がマスコミの表層だけの報道に惑わされない冷静な判断が必要である。

 最近は、患者や患者家族が、政府や医療機関が主宰する医薬品や医療安全の検証委員会に参加したり、患者団体が標準医療を普及するために医療従事者と協力して、患者に説明するためのガイドラインを作成したりして、患者自身の動きが活発になってきた。

 一方的に行政に期待するだけではなく、製薬企業も、患者も協力して、ドラッグ・ワクチン「ラグ」の問題を解消するように努力すべき時に来ている。国は国民の命を最優先に考え、公共事業や特別会計の無駄を見直し、GDP世界第2位の先進国として誇れるように医療の充実を目指すべきである。

(完)


関連サイト:
知っていますか? ドラッグ・ワクチン「ラグ」
NPO法人キャンサーネットジャパン
知っていますか? ドラッグ・ワクチン「ラグ」ビデオライブラリー
NPO法人パンキャンジャパン
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会
卵巣がん体験者の会スマイリー
PPHの会
ムコ多糖症支援ネットワーク
福田えりこ オフィシャルウェブサイト
がん対策基本法
治験ホームページ
日本医師会治験促進センター
山本孝史ホームページ
医薬産業政策研究所
日本患者会医療情報センター
ワクチン接種で減らせる乳幼児の細菌性髄膜炎―先進国中最も遅れている我が国の対応

暮らし

新薬使えず命を見捨てるドラッグ・ラグ(上)

江原幸壱 2010/03/19
世界レベルでは一般的に使用されている有効な薬剤が、日本では使用を認められていないケースが、多々ある。薬剤によっては、20年も遅れている場合さえある。医療関係者の間では常識だが、患者や患者の家族は問題にぶつかって初めて知り、愕然とすることになる。東京で開かれたこの問題を考える集会の模様を報告する。

 日本の医療は医師不足とともに、新薬の承認やワクチンの導入などで、先進諸国の中だけでなく、世界的に見ても立ち遅れている。「ドラッグ・ラグ」と呼ばれるこの立ち遅れは医療従事者にとっては常識だが、患者や患者の家族は当事者になって初めて気づく。私たちはこんな国に住んでいるのかと思うと、背筋が寒くなる。

 患者団体が作った、新薬やワクチンの承認済み国を塗りつぶした世界地図を見ると、アジアでは北朝鮮と日本だけが塗り残されているのが目立つ。ドラッグ・ラグがいかに深刻かを物語るものだ。国内総生産(GDP)世界第2位をしきりに強調している現首相が、この地図を見てどのような感想を抱くか、聞いてみたいところである。

 ドラッグ・ラグやワクチン・ラグの問題について考える「知っていますか?ドラッグ・ワクチン『ラグ』」というセミナーが3月8日、東京・渋谷区神宮前の東京ウィメンズプラザで開かれた。第1部では、ドラッグ・ワクチン「ラグ」の現状が報告された。


約200名の参加者が真剣に耳を傾けていた(筆者撮影)

 ドラッグ・ラグとは、先述のように、海外で承認された薬剤が日本で承認されるまでの時間の差を言うが、まだ定義は統一されていない。このセミナーでは、患者の視点で捉えて、ドラッグ・ワクチン「ラグ」は「患者が、世界的には標準的に使われている有用な薬剤・ワクチンを使用した治療を受けられる状況になるまでの空走時間」という広義の定義が紹介された。

 そして、ドラッグ・ワクチン「ラグ」の問題を掘り下げるために、3つのパターンについて問題点が指摘された。

ドラッグ・ワクチン「ラグ」A
 世界標準とされる薬剤・ワクチンが日本で承認されていない状況にある。米国・欧州・日本で比較すると、1999〜2005年の間に承認された新医薬品334薬剤のうち、各地域における承認数は、米国では274薬剤(82.6%)、欧州では262薬剤(78.4%)、日本では181薬剤(54.2%)。この新薬の承認に要する平均年数は米国で1.1年、欧州で1.1年のところ、日本は3.8年だった。日本では、開発された全新薬の中で使用できるのは半数であり、承認は欧米に比べ3倍以上も時間がかかることを示している。

 その原因は、
 (1)製薬企業の治験(医薬品や医療機器の製造販売承認を得るために行われる臨床試験)開始時期が遅いこと、

 (2)医療関係者が行う治験に時間がかかること、

 (3)患者の中で治験に参加する人が少ないこと、

 (4)規制当局(厚生労働省)の審査期間が長いこと、が挙げられる。

 ヒブ感染症のワクチン「アクトヒブ」の事例では、申請から約4年を経て2007年1月に承認された。ヒブ感染症(細菌性髄膜炎を発症する)は、世界で15歳未満児の死亡率が麻疹に次ぐ第2位の疾患で、初期診断が難しく、発症後数日で悪化してしまうので、ワクチン接種による予防が必要である。

 WHO(世界保健機関)は1998年にヒブワクチンの無料接種を全世界に勧告し、2007年に7価肺炎球菌ワクチンの導入を勧告している。だが、日本ではヒブワクチンは2007年に承認(米国は1987年に承認)、7価肺炎球菌ワクチンは未だに承認されていない(米国は2000年に承認)。ヒブワクチンについてみると、米国等の多くの先進国での導入は1990年前後であり、日本は20年近く遅れているといえる。


ヒブ感染症のワクチン「アクトヒブ」の承認済み国(水色)。日本は北朝鮮と共に空白のまま。

ドラッグ・ワクチン「ラグ」B
 特定の疾患(病気)に対する適応症を有し、薬剤・ワクチンの承認はあるものの、世界的に標準的に使用されている疾患(病気)に適応症がない状況にあること。つまり、厚生労働省が新薬を承認する場合に、どの疾患の治療に使って良いかを限定して許可する(許可された疾患を適応症という)が、世界的に標準的に使用されている疾患であっても、日本では適応症にあたらないので治療に使えない場合がある。

 卵巣がんの治療には、治療ガイドラインによると標準治療のTC療法やDC療法などの化学療法があるが、プラチナ製剤に対して、いったんアレルギーや耐性を起こしてしまうと、使える抗ガン剤が限定されてしまう。アレルギーや耐性を起こした後も使える抗ガン剤の中でドキシル、トポテカン、ジェムザールは治療ガイドラインに記載されているにも関わらず、卵巣がんに対しては適応外になるので日本では使えない。

 米国では、ドキシルは1999年に、トポテカンは1996年に、ジェムザールは2006年に承認され、世界ではそれぞれ約80カ国、約70カ国、約60カ国で承認されている。日本ではそれらの承認が出ないために卵巣がんの治療法がなくなり、多くの患者が次々に亡くなっている。

 「がん対策基本法」成立に、まさに命がけで取り組んできた山本孝史参議院議員(故人)も、自身のがん治療において適応症の問題を抱えていた。基本法の中には以下のような条項が盛り込まれている。

 第18条の2 国及び地方公共団体は、がん医療を行う上で特に必要性が高い医薬品及び医療機器の早期の薬事法(昭和35年法律第145号)の規定による製造販売の承認に資するようその治験が迅速かつ確実に行われ、並びにがん医療に係る標準的な治療方法の開発に係る臨床研究が円滑に行われる環境の整備のために必要な施策を講ずるものとする。

 しかし、実際は法律の趣旨からほど遠い現実がある。
 
ドラッグ・ワクチン「ラグ」C
 世界的に標準的に使用されている薬剤・ワクチンが我が国で承認され、適応症もあるにも関らず、広く、平等に使用されていない状況にあること。この要因としては、厚生労働省の承認があっても、病院ごとの院内薬事審議会の決定や定額支払い制度(DPC:疾患が何かによって支払いの上限額を決める制度)の導入によって地域間、施設間に差がでることが挙げられる。日本では、どこの施設であっても、行われるべき標準的治療がなされていない状況がある。

 肺高血圧症は特定疾患(いわゆる難病)として指定されており、肺移植以外に完治の方法はなく、命をつないでいく治療薬として現在、作用機序(薬物が生体に作用を現す仕組み)が異なる3種類が承認されている。世界の標準的治療法としては、この3種類の薬を、病状により2、又は3種組み合わせると効果が高いと報告されている。そのうち1種類は使用量に上限のない保険薬として、他の2種類も使用方法に制限がないにも関わらず、地域により、病院により使用を回避されることが起こっている。

 その原因は、薬剤の価格が高いので社会保険診療報酬支払基金が減額査定を行っているために、病院が負担を強いられ、使用を回避しているとされる。以前にも、使用されるべき薬剤は本来特定疾患の治療薬として保険償還が認められている薬剤の減額査定が頻繁に行われ、病院に負担を強いるような社会保険診療報酬支払基金が行う減額査定をすぐに中止するように、患者団体が厚生労働大臣に求めたところ、厚生労働省から通達が出され、以後は減額査定されにくくなった。 肺高血圧症の治療薬は内科的に患者の命をつなぐ唯一の方法なので、薬剤の価格を理由に使用できない状況はあり得ないのである。

(つづく)

関連サイト:
 ・知っていますか? ドラッグ・ワクチン「ラグ」
 ・NPO法人キャンサーネットジャパン
 ・知っていますか? ドラッグ・ワクチン「ラグ」ビデオライブラリー
 ・NPO法人パンキャンジャパン
 ・細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会
 ・卵巣がん体験者の会スマイリー
 ・PPHの会
 ・ムコ多糖症支援ネットワーク
 ・福田えりこ オフィシャルウェブサイト
 ・がん対策基本法
 ・治験ホームページ
 ・日本医師会治験促進センター
 ・山本孝史ホームページ
 ・医薬産業政策研究所
 ・日本患者会医療情報センター
 ・ワクチン接種で減らせる乳幼児の細菌性髄膜炎―先進国中最も遅れている我が国の対応

災害・事故

震災からの教訓を活かす「事前復興のまちづくり」

江原幸壱 2010/02/25
 国内では兵庫県南部地震以降、芸予地震、新潟県中越沖地震、能登半島地震と大地震が連続的に発生し、全世界ではスマトラ島沖地震、四川大地震、ハイチ地震と相次いで起こり、日本全体でも地球規模でも地震の活動期に入っていることを実感する。
 
 阪神・淡路大震災から15年を経て、国内の震災対策は十分であろうか。学校の耐震化工事費の予算削減のニュースを聞くと、新政権が誕生して以降、国の減災対策への情熱が薄れている印象を受ける。子どもの命を守るセイフティネットの確保と安全・安心のための先行投資としての公共事業であれば国民から歓迎されるはずである。万が一子どもの命を守るべき学校施設によって多数の犠牲者が出た場合には現政権はもたないであろう。
 
 国の震災対策とは別に、自治体ごとに新たなまちづくりの手法として「事前復興のまちづくり」が行われている。阪神・淡路大震災の被災地域の復興に都市計画系・社会学系の大学の研究室が入り、復興支援の実践を行う中でその手法を確立した。
 震災復興ではそれぞれの地域で「まちづくり協議会」がまちの再建の中核を担う。復興模擬訓練を行う過程で住民がまちづくりの重要さに気付き、震災前に住民主体のまちづくりを考える契機になる。
 
 筆者が居住する新宿区大久保特別出張所管内で、地区協議会・地区町会連合会共催の「大久保地区協働復興模擬訓練」の成果報告会が、2月21日に訓練会場だった新宿中学校で開催された。新宿区では、早稲田大学理工学術院佐藤滋研究室(都市計画系)の指導で、これまでに年に1箇所ずつ4地区で復興模擬訓練が行われきた。

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協働復興模擬訓練の成果報告会の様子(撮影・江原幸壱)

 大久保地区は、エスニック・レストランと住宅が混在する住宅地で、多文化共生の実践場である外国人集住地域でもあり、様々な民族・宗派の教会・モスクが点在する、都市に住む外国人にとっても重要なエリアである。消防車が進入困難な木造密集地域や独居高齢者が多数居住する団地群もあり、もしこの地が被災地になればあらゆる問題が喚起される地域である。
 
 模擬訓練はほぼ月1回の開催で日曜日の午前中にそれぞれ3時間ずつ、1回のガイダンスと4回のワークショップが行われた。
 ワークショップの内容は、(1)実際にまちあるきをしながら危険箇所と震災に役立つ資源を見つけ、ガリバーマップを作成する、(2)被災者のインタビュー映像を見て、実際に被災者から話を聞き、震災の状況を追体験する、(3)ロールプレイで復興過程を仮想体験する、(4)まちの再建のアイデアを出しながら将来のまちなみのプランづくりを行う、というものである。訓練の過程で住民同士のコミュニケーションの大切さを誰もが実感した。
 
 成果報告会では、この地域で訓練を行うことが決まった当初、住民から行政主導で震災復興のプランが作られるのではないかという「模擬訓練への疑心」が起こり、開催が危ぶまれていたが、回を重ねるに従い、参加者は「住民主体のまちづくりの大切さ」を確信するに至ったという生の感想を聞くことができた。この訓練を受けて、これから「まちづくり協議会」を設置しようという気配も感じた。
 
 耐震偽装事件による建築関係者への不信と改正建築基準法による官制不況を招いた建築行政の不審を払拭するために、新政権下で、建築と景観のあり様を本質的に再定義し、理想の姿を実現するための「建築基本法」の制定が検討されている。この中では集団規定(用途・高さ・面積・景観を規定する)を地方に移管するかどうか討議されるであろう。筆者は集団規定の地方への移管は地方分権の一つの要素だと認識している。
 
 もしこれが実現すれば、住民自治が確立している自治体では、集団規定を住民自身が決定する住民主体のまちづくりがより一層可能になる。「事前復興のまちづくり」の手法は、将来の震災復興に役立つだけでなく、平時の住民主体のまちづくりのよいきっかけになりうるので、どの地域でも実践されることを期待している。

暮らし

朗報! 木造建築の「伝統構法」復活に光明

江原幸壱 2009/11/25
 京都や奈良を巡って社寺の美しさや観光地で伝統木造の迫力に感動を覚える人は多いだろう。しかし、それらと同様の伝統構法で木造建築を建てることができないことをご存じの人は少ないのではないだろうか。特に2007年6月20日の改正建築基準法の施行以降は石場建ての伝統構法の確認申請が認められるケースはほとんど皆無になってしまった。「改正建築基準法が日本の破壊を招く」(JANJAN2007/09/04掲載)で警鐘を鳴らした通りのことが次々に起きている。

 一般的に伝統構法(伝統的構法)とは昔ながらの継手・仕口による木組みの工法のことを指すが、中部以西では石場建てが本当の伝統構法という人が多い。石場建てとは、礎石(玉石)の上に柱を直に立てる方法である。本来は柱と礎石はアンカーボルトなどの金物で止め付けない。

 2000年の建築基準法の改正では、仕様規定から性能規定に移行し、構造については構造計算で地震や台風に対する安全性を証明すれば確認申請が下りることになった。これによって、基礎をコンクリート造とする前提で、石場建ての伝統構法木造を限界耐力計算で構造計算することによって建てられるようになった。

 しかし、2007年の改正建築基準法の施行で確認申請の審査と検査の厳格化が打ち出され、かつ木造2階建てでも限界耐力計算を行う場合は適合性判定という二重の審査を受けることになってしまった。この審査を受けるためには構造計算に多額な費用がかかること、期間が大幅に延長すること、さらに審査できる検査機関が限定されることなどの理由でほとんどできなくなってしまった。国交省ではこのようなケースは想定外であったとしているが、このことは、国としては戦後一貫して伝統構法木造をないがしろにしてきたことをよく表している。

 それとは別の問題として、柱を基礎に緊結しなければならないかどうかという問題がある。昔の伝統木造は土台及び柱を基礎に緊結していなかった。大地震のときには、柱を基礎に固定しないことでかえって倒壊を免れた建物が多く存在する。柱を固定する方が耐震的かどうかはまだ結論はでていない。しかし、柱を固定しないことで、柱が礎石の上を滑るかはねるなどして、建物に伝わる地震力を減衰されることは事実である。
 今まではこの滑るという現象を構造計算上扱えないので、考えないことにしていた。建築基準法では柱を金物で固定することを義務づけている。

 2007年以降いよいよ伝統構法木造が建てられない状態が続いているため、国交省は「伝統的構法の設計法作成及び性能検証の事業」という3カ年事業を始めた。ところがこの委員会では、東大出身者を中心とした構造研究者主導で進められ、関西の構造研究者及び実務者(大工・建築士)が求める「足下フリー(柱を基礎に緊結しない方法)の石場建て伝統構法」の設計法の開発は基本的に着手しない方針が示された。

 検討委員会委員長にいたっては、伝統構法木造住宅の構造について討議するシンポジウム(「第13回木の建築フォラム/東京」10月10日開催)において、「(2つの隣り合う木造住宅が)建築基準法をクリアしたとして建築基準法が想定する以上の地震があった場合、隣の家(在来工法)は倒壊しないが、お宅の家(伝統構法)は基準法ぎりぎりなので倒壊しかねない。死ぬかも知れないと施主に説明する責任がある」という発言をしていた。

 同委員長は伝統木造が好きだが、耐震性は劣っていると心底信じている。筆者の恩師でもあるので、伝統木造に造詣が深いこと、長年木造の研究者として地震被害の調査に誰よりも多く携わってきたことを知っているが、伝統構法の検証とこれからの展開のために全国から実務者が集まっている場で、過去の事象(現在と違い大地震に要求される耐震性能を考慮して建てられたのではない伝統木造の被害)のみに囚われた発言はいかがであろうか。

 この発言の後に10月27日にE-ディフェンス(独立行政法人防災科学技術研究所 兵庫耐震工学研究センター)で行われた3階建て木造住宅の倒壊実験では、長期優良住宅仕様の3階建て木造住宅が、柱の接合部が弱い3階建て木造住宅より先に倒壊した。この実験結果は、構造計算が万能であると信奉している構造研究者の間では大変ショックな出来事であったが、検討委員会委員長の「長期優良住宅の3階建て木造住宅」についての発言を是非聞いてみたいところである。
(※倒壊実験の試験体は、一つは長期優良住宅仕様:耐震等級2(通常基準の1.25倍以上)を備える3階建て木造住宅で、もう一つは柱の接合部が弱く、接合部以外は同仕様の3階建て木造住宅である。)

 以上のような背景があり、今月19日に参議院国土交通委員会で質疑に立った西田実仁議員(公明党)の伝統構法をめぐる討議は、日本の建築史の記録に残る歴史的出来事であった。

 西田議員は冒頭で、国産材を使った伝統構法は、林業の活性化、地場産業の振興、地域文化の育成、環境優位性、観光資源と、どれをとっても地域発の日本の再生を成し遂げるポテンシャリティを持った構法であると、伝統構法についての認識を語った。
 これについては、京都出身の前原大臣も奈良出身の馬淵副大臣も賛同し、西田議員のこれまでの取り組みに敬意を表した。

 続いて西田議員は、伝統構法が日本で建築基準法上も建築行政上もないがしろにされてきた事実を突いた。そして、次の国会で討議される建築基準法の見直しにおいては、伝統構法を建築基準法の中でしっかり位置づけるように求めた。
 これについては前原大臣も重要なポイントであるという認識を示した。

 さらに、伝統構法の木造住宅が2007年の建築基準法の改正以降建てられなくなった事実について馬淵副大臣に問いただした。その理由は前に触れた通りである。
 馬淵副大臣も実務者からの聞き取りでその事実を十分把握していた。

 そして現在行われている国交省の3カ年事業「伝統的構法の設計法作成及び性能検証の事業」について、西田議員は会議を傍聴した上で、かなり深く踏み込んで質問した。来年度の事業では予定されていない、「足下フリー(柱を基礎に緊結しない方法)」の石場建て伝統構法の実大振動台実験をやるかどうかを馬淵副大臣に迫った。

 馬淵副大臣は足下フリーの石場建て伝統構法の検証は大変重要であり、そのためにこの事業を行っている認識でいることを示した。さらに質問にはなかったが、馬淵副大臣自らが、検討委員会のメンバー構成に問題があるという認識を示した。特に10月10日の「木の建築フォラム/東京」のシンポジウムにおける検討委員会委員長の前述の発言を復唱して、「このような委員会は中立的な立場で学術的に検証されなければならない」と不満を漏らした。
 西田議員も同様の認識を示し、メンバーの改変を含めて公正な方法で実証実験を行うよう求めた。

 さらに、馬淵副大臣は、関東と関西で作られた2つのマニュアルについて言及し、「かつての震災の経験をふまえて、人命を失うような脆性破壊を起こすようなことは避けなければならない。真摯な検証が学術的に必要だと認識している」と建設会社出身者としての一面も見せていた。

 西田委員は、技能を持った大工の正当な評価のため、技能を保証する「建築大工技能士」を建築基準法の中に位置づけるように求めた。
 これに対し、馬淵副大臣は、建築士制度の改正で混乱を招いた反省から、認定制度の運用の見直しを含めて検討していく姿勢を示した。

 伝統構法には職人の技術と技能が必要であり、それが正しく評価され、それに見合った報酬を受け取るべきであり、筆者はドイツのようなマイスター制度に発展することを期待している。

 以上の国会での答弁はかつてないものであり、伝統構法に地道に取り組んできた職人や建築士にとってこれほど明るい話題はない。日本の美しい風景を創り出し、豊かな職人文化を育む伝統構法の発展に期待する。


関連記事
改正建築基準法が日本の破壊を招く
伝統的構法の設計法作成及び性能検証の事業について (財)日本住宅・木材技術センター
第13回木の建築フォラム/東京 木の建築フォーラム
参議院インターネット中継 平成21年11月19日参議院国土交通委員会発言者:西田実仁議員(公明党)
E−ディフェンスを用いた3階建て木造住宅の倒壊実験(映像)
E−ディフェンスを用いた3階建て木造住宅の倒壊実験(概要)
長期優良住宅 建物で耐震性能実験 三木の施設 神戸新聞
・関東のマニュアル:『木造軸組工法住宅の限界耐力計算による設計の手引き』 日本住宅・木材技術センター刊
・関西のマニュアル:『伝統構法を生かす木造耐震設計マニュアル』 学芸出版社刊

暮らし

内部障害「ハート・プラスマーク」をご存じですか?

江原幸壱 2008/10/03
外見は健常者に見えても、様々な疾患を抱えている人は少なくない。そんな人たちが、自らが患者であることを言う場合も少ない。が、実は、健常者のホンの少しの手助けが患者には、大きな支えになる。少なくとも、「ハート・プラスマーク」が目に入ったら、少し勇気を出して、支えてやっていただけないだろうか。その予備知識に、疾患の状況と患者にとって辛い事柄などを記した。
 身体障害者であっても外見上は分からないために、交通機関の優先席が利用しにくかったり、社会生活での配慮が十分に得られない内部障害・内臓疾患患者について理解してもらうため、東京都内で「内部障害(内臓疾患)シンポジウム2008〜ちょっぴりでいいから理解して欲しい……世の中には、こんな人々がいることを〜」が9月27日に開かれた。この機会に、どのような疾患があり、どこに日常生活の難しさがあるのか、どのように対応していただけると助かるのか、などを具体的に記した。


病との共生…自身の体験を語る患者さん

 「優先席」に座っていて、気まずい思いをしたことがある人は、多いのではないだろうか。目の前の高齢者に席を譲るべきかどうか、携帯電話の電源を入れっぱなしで優先席エリアに入っていいのかどうか、心優しい人ほど悩まれた経験があるのではないだろうか。

 世の中には、しばらく立っているだけでも身体への負担が大きく命に関わるような重い疾患を抱えている人が多く存在する。内部障害(心臓機能、腎臓機能、呼吸器機能、ぼうこう・直腸の機能、小腸機能、HIVによる免疫機能の障害など)や内臓疾患(五臓六腑に影響する難病)の患者は、その重篤さが外見ではわからない。そのような人も日常的に通院や通勤で公共交通を利用しなくてはならない。外見上は普通の人と変わらないため、障害者であることを伝えないと席を譲ってもらえない場合がある。

 堂々と、病人であることを告げて席を譲ってもらう習慣がある国もあるらしいが、日本では自らが何らかの疾患を抱えていることを告げて、席を譲ってもらうことに抵抗を感じる人は多い。人によっては、家族に病名を告げることさえもできずに悩んでいたり、他人に知られることを家族に反対されている場合もあり、席を譲ってもらうという行為でさえも、常に不快な思いをする人も少なくない。

 そのため、「ハート・プラスの会」では「ハート・プラスマーク」をつくり、内部障害・内臓疾患患者への理解を呼びかける活動をしている。もし、このマークを身につけている人を見かけたら、席を譲ったり、トイレを優先的に使ってもらったり、ちょっとした気遣いをしてもらえると、大きな助けになる。


ハート・プラスマーク

 それぞれの疾患ごとの状況は以下の通りである。

 <人工肛門・人工膀胱(ストーマ)>を腹部に造設した人(オストメイト)は蓄便袋・蓄尿袋(パウチ)を装着している。以前は、がんなどの病気を克服してもオストメイトとして生活することに悲嘆し、死を選ぼうかと悩む人もいた。オストメイトは排泄物の漏れがあったときにすぐに対処しないと皮膚のかぶれを起こしたり、周りへの気遣いから常に不安を抱えている。オストメイト用の装具の開発やオストメイト対応トイレの普及などの環境を整えるによって、患者一人ひとりの生活の質は向上し、生きる張り合いが出てくる。

 <炎症性腸疾患>では、腸の炎症を抑えるために断食に近い食事制限が必要な場合がある。ひと口の食事が致命的な炎症を招く恐れがある。やはり、外見上、健常者と変わらないため、仕事上のつき合いなどで料理やお酒の勧めを断り切れず、いったんは口にしてトイレで吐き出すようなこともある。この疾患では、小腸や大腸を切除している患者もいて、常にトイレの位置を確認しないと生活できない。社会生活上の苦労を抱えていることを理解してほしい。

 <心臓>の機能をペースメーカーによって維持している人もいる。携帯電話がペースメーカーに悪影響を及ぼすことは一般的に知られるようになった。ペースメーカーを装着している人は、必ず優先席を利用していると思われているが、車内の混雑状況や、駅ホームのエレベーターや階段の位置によって必ずしも優先席に座れない場合もある。「ペースメーカーを装着しているので携帯電話を控えてほしい」と隣の人からお願いされた場合、それをお願いした人は、命に関わることなので勇気をもって訴えている。気分を損なうことなく受け入れてほしい。

 <肺高血圧症>の患者は、しばらく立ち続けたり、階段の上り下りで息切れがしてしまう。普段の生活では健常者と変わらないので、職場や学校でサボっていると誤解される。発症率が低いため、検査漬けにされたり、他の患者からも孤立しがちである。特に必要なのは家族の理解であり、家族の支援が救いになる。

 日本の皆保険制度は満足度100%ではないが、高度医療が必要な難病患者にとっては必要不可欠な制度なので、どうしても維持する必要がある。

 <腎不全>の患者が行っている人工透析治療は日進月歩で進歩しているが、患者への負担は大きい。週に3、4回の通院は交通費の負担が大きく、自治体によって交通費助成制度に差がある。患者の高齢化が進む中、公共交通機関のバリアフリー化の徹底と介護保険と交通費助成の充実が求められる。

 <HIV患者>への理解は、他の疾患以上に深刻な状況である。医師はHIV患者とわかる際に、支援対象者として以前に、公衆衛生的な観点を優先してまず感染源として扱うことも少なくない。 HIV陽性とわかったとき患者は誰にも相談できずに孤立してしまうことが多 い。そしてHIV患者が一番近しい人に告げたとき、今度は告げられた人が孤立してしまうという事態が起きうる。

 「ぷれいす東京」はそのような患者と家族の相談を行っている。 HIV患者への支援は、席を譲るなどの直接的な支援ではなく、まずHIVを正しく理解し偏見を持たないことから始めてほしい。

 「ハート・プラスマーク」は身体内部を意味する「ハートマーク」に、思いやりの心を「プラス」したものである。 公共交通や街でこのマークを見かけたら、患者一人一人が抱える悩みや苦労を慮って、そっと優しい気持ちで接してほしい。


参考サイト:                               
ハート・プラスの会
(社)日本オストミー協会
オストメイトJP
全国心臓病の子どもを守る会
心臓病者友の会
日本炎症性腸疾患協会
肺高血圧症研究会
全国の腎友会
ぷれいす東京
特発性慢性肺血栓塞栓症研究会
肺塞栓症
呼吸不全友の会(ホットの会)
障害者に関するシンボルマーク
障害者のシンボルマークについて
マタニティマークの配布

暮らし

もっと、知ってほしい女性のがん――患者と専門医がセミナー

江原幸壱 2008/08/15
卵巣がん、子宮体がんなど女性特有のがんについて、当事者や専門医によるセミナーが10日、都内で開かれた。こうしたがんのメカニズム、現在の標準的医療のレベルが解説されたが、開発された新薬が日本国内では承認されずに外国では使用されている「ドラッグ・ラグ」の問題や20代女性の発症が増加している子宮頸がんの認知度が、肝心のその世代で低い、といったことも指摘された。

目次
1.ようやく始まった患者側の医療参画
2.患者の期待阻む「ドラッグ・ラグ」

1.ようやく始まった患者側の医療参画
  東京ウィメンズプラザ(東京・渋谷区神宮前)で8月10日、NPO法人キャンサーネットジャパン、同ブーゲンビリア、卵巣がん体験者の会スマイリー、NPO法人女性特有のガンのサポートグループ オレンジティの4団体が主催するがん医療セミナー「もっと、知ってほしい女性のがん」が開催された。


会場には当事者、患者家族(夫婦)、医師、報道関係者が真剣に耳を傾けていた

 当事者からの切実な訴えと医師から女性特有のがん=卵巣がん、子宮頸がん、子宮体がん=のメカニズムの説明と、がん治療の歴史と標準的治療の状況および取り組みが詳しく紹介された。

 山本孝史・参議院議員(当時)がまさに命がけで成立させた「がん対策基本法」では、「がん対策推進基本計画」策定に「患者及びその家族又は遺族を代表する者」が参画できる道筋ができたことは大変意義深い。

 現在の日本は、欧米に追いつくための患者と患者家族および患者支援団体が医療に参画できる土壌が、ようやく整いつつある。これからの医療および医療行政は、患者側の参画なくしては成り立たなくなっている。「患者のための医療」について考えたり、自分の疾患について知りたいと思ったら、その疾患の患者支援団体に当たってみるとよい。

 女性特有のがんの中で、卵巣がん、子宮頸がん、子宮体がんについて日本での医療の進歩と将来の展望などを各専門医師が講演した。

 卵巣がんは自覚症状があまりないために早期発見が難しく、発見されたときには進行しているがんで、抗がん剤治療(化学療法)が有効である。抗がん剤治療は30年以上にわたって徐々に進歩してきた歴史があり、一度に数百人〜数千人の患者が協力して行われる臨床試験によって試行錯誤が繰り返されている。現在では、複数の薬剤を組み合わせ、副作用が少ない治療方法が確立されつつある。

 これまでの臨床試験では、マスメディアの報道が研究を妨げるケースがしばしばあったとの事だ。新薬が承認される過程では、必ずしも良い結果ばかりではなく、患者も承知で試験に臨む。ようやく承認された薬剤を使って副作用による事故が起きた場合、マスメディアが過剰に反応し、その後、その新薬が使えなくなってしまう場合がある。明日の命をつなぐ新薬を心待ちにしている患者にとって、一つの報道によってその希望を絶たれることになる。

 子宮体がんは発見されると手術で摘出し、その後の抗がん剤治療が有効とされている。腹部の違和感や不正出血が、進行がん発見のきっかけになるので、そのような場合は婦人科を受診するように医師は勧めている。

 子宮頸がんは検診によって発見が可能であり、初期に発見されると完治する。早期発見が遅れると、子宮摘出に至る場合もある。近年では20歳代の発症が増えているが、その世代の認知度は低い。欧米では、子宮頸がんの検診の受診率は80〜90%だが、日本では20%前後と異常に低い。

 子宮頸がんは、ある種のHPV(ヒト・パピローマ・ウィルス)の感染によって発症する。HPVは一度でも性交渉があれば、誰でも感染し得る、ありふれたウィルスである。欧米では性交渉を始める前の12歳くらいの女児に予防ワクチンの接種が行われるが、日本ではまだ承認されていない。子宮頸がん検診の普及と予防ワクチンの保険適用が待たれる。


2.患者の期待阻む「ドラッグ・ラグ」
 引き続き行なわなれたパネルディスカッションでは、「ガイドライン」や「ドラッグ・ラグ」について話し合われた。

 日本では疾患ごとのガイドラインが医療水準の向上に寄与するとされている。多くは欧米のガイドラインを参考に作られるが、体格も体質も異なる日本人には日本人用のものが必要になる。

 日本では皆保険によってどこでも標準医療が受けられることになっている。患者にとって分かりやすいガイドラインの情報提供あってもいいのではないか、という意見が出た。

 日本の新薬承認のシステムが他国とは異なるため、日本で開発された新薬が他国で何年も前に使用されていても、まだ日本では使えない、あるいは適用範囲が他国より制限されたりする「ドラッグ・ラグ」という現象が起きている。

 患者団体の「卵巣がん体験者の会 スマイリー」は、抗がん剤「ドキシル(リポーマルドキソルビシン)」を卵巣がん治療薬として保険適用を求めているが、この薬もドラッグ・ラグの一つである。現在、80ヵ国で承認され、安全性や有効性が認められているが、日本では承認されていないため、個人輸入で1回の点滴で60万円を自己負担しなくてはならない。

 報道に携わる側から、「ドラッグ・ラグに注目しているが、映像を媒体としていることから、ドラッグ・ラグの現状を伝えるためには、医師や患者の協力が欠かせない」、と苦労が語られた。

 特別セッションでは、「ティール&ホワイトリボン キャンペーン」と「東京都女性のがん対策委員会発足」が紹介された。子宮頸がんの予防を訴えている「オレンジティ」は8月10日に「ティール&ホワイトリボン キャンペーン」を始めた、と報告。検診率の向上、予防ワクチンの承認、子どもたちの正しい性教育に取り組む、という。

 東京都は、女性のがん死亡率はワースト5で、女性特有の乳がん、子宮がん、卵巣がんの死亡率も状況は悪い。このような結果が出ていても、東京都の予防の取り組みは立ち遅れている。がん対策基本法を受けて発足した「東京都がん対策推進協議会」に患者委員(NPO法人ブーゲンビリアの理事長)として「東京都がん対策推進計画」に関わったが、患者からの提案は盛り込まれなかった、と報告された。「東京都女性のがん対策委員会」を発足し、ねばり強く行政に働きかける活動を続けていく。

 今回のセミナーは、患者支援団体として会員とメディア向けのセミナーであったが、子宮頸がんの発症が増加している若い世代や理解者としての男性も知っておかなくてはならない内容だった。

「患者および患者支援者」は、医療従事者や製薬会社と連携して、現場を知らない医療行政の矛盾を是正し、真に「患者のための医療」を実現するために活躍すべき時に来ている。

暮らし

改正建築基準法施行から1年経って、冬柴不況は現実に(下)

木地鶴三 2008/07/17
姉歯事件以降、国交省の施策で消費者は保護されたか? 建築の質は向上したか? つくり手の意欲は高まったか? まちは美しくなるのか? 答えはすべてノー。現実離れの政策を立て続けに国交省が出してきたのは、現在の政策決定プロセスが破綻していることの表れである。時代遅れのエリート官僚国家主義体制は、いまこそ否定すべきだ。

改正建築士法の問題点

 一連の建築関連法規改正のきっかけは、姉歯一級建築士の構造計算書偽造事件だった。その後同様の事件が続いたが、偽装行為を分析するとそれぞれ動機と手法が異なっていた。

 一番の被害者は信頼して仕事を依頼した建築主であり、経済的、精神的ダメージははかりしれない。それと同時に、他の構造系建築士に与えた影響は想像以上である。構造系建築士は自戒とともに信頼回復のために必死である。

 今までは構造系建築士や建築設備士は意匠設計の設計事務所の下請けとして業務を行ってきた。阪神大震災で建築構造の重要性がようやく一般の人にも知られるようになったが、業務の責任の重さに比べ報酬が低いのも事実である。改正建築基準法の施行後は忙しさのために体を壊した構造系建築士も多い。

 現在、設計・監理の業務報酬基準の見直しが行われているが、次々に出される法律改正に伴い建築士の作業量が増大し、人口数が把握しきれないのではないだろうか。姉歯建築士が構造計算書の偽造を行った理由は、本人の能力不足とともに、業務報酬が少ないために数をこなす必要があったことも一因となっている。

 建築士や建築設備士の業界からの要望もあり、構造と設備は意匠系の建築士とは別に専門職として構造設計一級建築士と設備設計一級構造建築士が創設された(資料14)。両方の資格取得はかなりハードルが高い。

 構造設計は年配の建築士が多くを占めているが、改めて資格を取得してまで責任の割に報酬が少ない構造系建築士を続ける気力はないと、離職に踏み切る人が多い。ただでさえ少ない構造系建築士の中でも構造計算適合性判定(適判)の業務に移行する人も多く、現場では構造系建築士が不足し、業務が停滞してしまっている。構造系建築士に新たに着手してもらうには3ヶ月待ちの状況である。

 建築系の大学では、姉歯事件が構造系建築士の印象を悪くしたために、構造系建築士を目指そうという学生が激減してしまった。将来にわたって構造系建築士不足が続くのは必至であり、早急に対応しなくてはいけない。

 設備設計士で大学で建築科を専攻した人は少ない。設備設計一級構造建築士は一級建築士の資格を取得してから設備設計の実務5年の実績を受験資格としている。現在、設備設計の実務を行っている人にとっても、これからこの資格を新たに取得しようとする人にとっても、ハードルが高すぎてなり手はいない。

 国交省は実務者のそれぞれの事情も考慮せず、新たに資格を創設すれば誰でも取得するものだと高をくくっている。設計設備士の団体も、自分たちが突きつけた要望がこのような形になってしまったことに驚いているのではないだろうか(資料15)。

 姉歯事件では事の重大さに比べ建築士としての罰が小さすぎると社会から批判されたため、建築士の罰則は強化された。罰則強化は必要なことであるが、ここぞとばかりに軽微な過失行為にも罰則を設けてしまった(資料16)。

 その罰則の履歴は半永久的にホームページ上で公開され、営業が困難になる。重大または故意の罪に対しては厳罰を処すべきであるが、事務所標識非掲示程度でも1月の営業停止の処分を受けるのは、他の業種と比べて均衡がとれているのであろうか。公務員に比べて民間の処分は過大である(資料20)。建築士と同様に士がつく業種にも適用されている。

 UR都市機構(旧都市基盤整備公団、住宅・都市整備公団)の耐震偽装事件では、内規で設計図書の保管が義務づけられていたが紛失していた。(資料17、18)国交省の天下り組織なので、現在もなおその責任は追及されていない。

 国交省はそのことを反省しているかどうか定かではないが、民間設計事務所、確認検査機関、特定行政庁に対しては設計図書の15年間の保管を義務づけた(資料19)。今度の建築基準法の改正では誰もチェックしない製品の大臣認定の認定書や各種証明書の提出を求め、書類の量が一挙に増えた。本来大臣認定なので認定内容は国交省にある。品番さえ提示すれば事足りるはずである。

 紙媒体では保管場所の確保が困難になると思われ、電子媒体での保管が当然考えられるが、国交省は一度プリントアウトしたものをスキャナーで読み込み、そのデータを保存するなら認めるとしている。ペーパーレスが定着してきている時に時代錯誤も甚だしい。

 構造計算図書は積み上げれば50pにもなる。それをデータ化する労力をどのように想定しているのであろうか。姉歯事件では確認検査機関に何がなんでも書類の提示を求め、その費用に数千万円かかろうがまったくお構いなしである。税金で生きている役人の無神経さには驚く。平成に入っての省庁再編では、国民が知らないところで平気で大事な書類を破棄した。役人の考えることは理解に苦しむ。

 姉歯建築士が構造計算書を偽造したマンションの建て替えは被害にあったマンション住民に一方的に負担を強いている状況である。本来は建築行政を誤った国や確認検査機関も応分に負担すべきである。UR都市機構(旧公団)の耐震偽装物件では改修工事に間接的に税金が使われているので、この事例でも公金による補償もありえたのではないだろうか(資料20)。

 その反省もあってか、消費者保護の観点から住宅瑕疵担保履行法ができた。(資料21、22、23)住宅に瑕疵があった場合、保険で修繕ができる。建設業者または不動産業者は供託か保険を選択できるが、大企業ほど住宅1棟あたりの負担は小さく、大企業優遇の制度である。

 供託金は毎年積み立てる。初年に積み立てた供託金が下ろせるのは11年目で、この制度を使える企業は限られる。保険の掛け金がすべて補償に回される訳ではなく、2割は現場検査のための人件費に回る。

 上記のように、これほど法改正をしてがんじがらめにした上でなお瑕疵が起こる事故率はどの程度であろうか。国および外郭団体にはどれほどの資金が集まるのであろうか。雇用保険や年金の二の舞にならないことを祈るばかりである。いずれにしても最終的には消費者負担が増えることになり、消費者保護とは言えない。

 国交省は一連の法律改正で消費者負担がどの程度か一切試算していない。確認申請の内容・添付書類の量が増加し、設計図書の作成期間・工事の工期が延び、それに伴い土地の金利もかさむ。建築士の業務報酬の見直しも行われ、全体で工事費は1割以上値上げされることになるのではないだろうか。工事の規模によるが、戸建て住宅では設計・監理費は工事費の1割強である。その分が昨年6月20日以降は建物の工事以外のどこかになくなってしまった。これで建築の品質が向上すると言えるであろうか。

 姉歯事件以降、国交省が行った施策によって消費者は保護されたか? 建築の質は向上したか? 技術力は継承されるか? つくり手の意欲は高まったか? まちは美しくなるか? の問いに筆者はすべて否定せざるを得ない。

 建築関係のメディアのアンケートでは実務者の95%が今回の改正にNOを突きつけている。(資料24)(NOという意見を持っていても、国に従順で反対行動を起こさない実務者を世間はどのように見ているのだろうか。)

 建築は本来創造的で楽しい行為であるが、今そうだと言える人は、ほとんどいない。大げさな制度改正をしなくても、一時的には中間(複数回)検査・完了検査の義務化、建築主事の権限強化をすればかなりの不正は最低限のコストアップで実現できる。そして、最終的には建築基準法や関連法規のひずみをなくし、建築の質を高め、社会を豊かにするような建築基本法の制定が必要である。

 制度設計の基本は社会的混乱をもたらさないように改善していくべきだと思う。今回の建築関連法規の改正は、建物の安全性向上によって自然災害による新たな犠牲者を出さないための制度設計であった。

 国交省が講じた制度設計の変更の失敗が、建築関連業者の倒産、失業を招き、自殺などによる新たな犠牲者を生み出すことは許されない。国交省にとっては「目に見えない犠牲者」だから、見過ごされていいということではない。それはちょうど、現在の日本が戦争による犠牲者を出していない平和な国に見えるが、実際は貧困による餓死や孤独死が頻発している、基本的人権が保障されていない危うい国であるという実態に酷似している。

 現実的でない政策が立て続けに出てきた原因は、現在の政策決定プロセスが合理的かつ民主的でなくなったという証左である。ちゃんと額に汗している実務者が関わらない社会資本整備審議会という荒唐無稽な会議もアリバイづくりのためのパブリック・コメントもまったく機能していない。

 医療行政しかり、司法行政しかり。官僚国家主義体制、天下りシステムによる補完体制は、横ばい状態の経済社会には時代遅れである。高所得高学歴化が強まる中、一エリート大学出身の官僚が政策立案するような政策決定プロセスは、いま拒否しておかないと明るい未来はない。


●資料14 建築士法等の一部を改正する法律案について
●資料15 「建築物の安全性確保のための建築行政のありかたについて」の「特定設備建築士の創設」に対する意見
●資料16 一級建築士の懲戒処分の基準
●資料17 都市機構マンション、耐震強度が基準の58%
●資料18 都市機構マンション強度不足 「数値、ねつ造した」
●資料19 【第21 条(帳簿等の保存期間)】
●資料20
衆議院議員保坂展人君提出改正建築基準法等に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
改正建築基準法等に関する質問主意書
●資料21 「住宅瑕疵担保履行法」のポイント解説
●資料22 国交省「特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律」
●資料23 (財)住宅保障機構 住宅瑕疵担保責任保険 まもりすまい保険
●資料24 改正建基法1年(5)/68%が改正法の抜本的見直し求める

暮らし

改正建築基準法施行1年、「冬柴不況」が現実に(上)

木地鶴三 2008/07/16
姉歯耐震建築偽装事件によって建築基準法が改正されたが、建築をめぐる状況はよくなっていない。施行から1年たって、確認申請は停滞したままだ。建築物着工の減少による損失はこの1年間で8.8兆円にも達する。事態を早く収束させければ、大震災などの非常時に混乱することになる。

 改正建築基準法の施行から1年たった。姉歯事件を過熱報道したマスメディアも、その後の経過についてはほとんど報道しない。事の重大さでは事後の変化の方がはるかに大きいが、わかりにくいことや売れない情報はまたいで通るのが現代マスメディアの特質か。改正建築基準法が日本を破壊している状況を検証してみた。

 法施行から1年を受けて6月20日に行われた冬柴国交相の会見は、3たび建築関係者を呆れさせるものであった。大臣の会見要旨から取り上げてみた(資料1)。

 施行当初、着工数の落ち込みの原因は「建築士の側の改正法の習熟不足」という国交省の責任転嫁の言い訳をまたここでも繰り返した。国交省は省としての準備不足を認め、確認申請の円滑化の処置を五月雨式に講じている(資料2)。その処置でさえ建築士や確認検査機関などから不満が続出しており、抜本的な見直しが求められている(資料3)。国交省の不十分な対応に、国会でも野党から厳しく糾弾されている(資料4)。 

 冬柴大臣は新設住宅の着工数が前年度同月比のマイナスの値が小さくなったので、「ほぼ例年並みに落ち着きつつある」と暢気な見解を示しているが、これは停滞していた時期の潜在需要の分をまったく考慮していない浅はかな見識だ。前年度比がプラスにならないと回復してきたことにはならない。 

 国交省は検証作業を行っていないが、改正建築基準法の施行前後の1年間の統計を比較すると、新設住宅の着工数は施行前が127万戸、施行後が99万戸、全建築物の着工床面積は施行前が1億9千万m2、施行後が1億4千万m2である。新設住宅の着工数は22%減、全建築物の着工床面積は26%減に落ち込んでしまった。全建築物の工事費にすると、1年間で8.8兆円の損失(筆者の試算)を招いたことになる。工事費だけで国家予算の1割を超える数値であり、物流などの関連業種を含めると社会に対する影響の大きさは計り知れない。しかもこれは国交省の建築基準法の改正という、一政策だけの影響である(資料5)。

 国交省は政策の失敗による企業の倒産を招かないよう、低金利の貸し付けによるセーフティネットの充実をはかっていると主張する。だが、すでに改正建築基準法の影響による企業倒産は1年間で105社(負債額1,000万円以上)に上っている。以下に挙げる要因が解消できない限り、今後着工数の伸びは不可能で、中小建設業を中心に倒産件数は増加するばかりだろう。ここでも社会保障費の負担増を招いている。冬柴大臣の言う「手抜かりがあってはならいない」段階ではない(資料6、7、8)。

 構造偽装問題を受けて国交省が行った建築行政制度の見直しは、建築行政・建築士制度・消費者保護の観点から法改正と新規法律策定が行われた。どの法律も内容が未完成のまま施行されてしまい、社会的な大混乱を招いている(資料9)。


資料9 構造計算書偽装問題で明らかになった課題への対応

改正建築基準法の問題点

 建築確認・検査の厳格化については、国交省は当初から確認申請や現場検査などの運用面を厳格化させただけと強弁していたが、実務の現場ではこれまでの建築の生産プロセスを一変させてしまうほどに大きな変更であった。建築の本質に関わる問題であることを国交省は認識していないが、役所の一部署で変えられるものではない。建築界全体で十分な議論を経てコンセンサスを得るべきものである。 

 建築基準法の改正は、つぎはぎだらけで複雑かつ細部にまで及び(1年間で法文が1.5倍になったときもある)、現実社会からの乖離が甚だしく(違反建築の温床)、ローカル・ルールの存在(地域ごとに解釈が違う)などの理由から、これまでは確認申請を提出してから検査機関と何度も打ち合わせが必要であった。

 それが一変して、確認申請提出後の修正を「軽微な変更」以外は一切認めない現在の方法は、現実離れしている。五月雨式に出される「円滑化」のための通達による処置では確認申請の停滞は一向に改善されず、よりわかりにくくしている(資料10)。
 
 特定行政庁の確認申請の窓口は受付をするのに3ヶ月待ちの状態が続いている。 

 建築確認の厳格化によって、新築だけでなく既存建物の増改築が実質的に不可能になった。既存建物の設計図書(図面や構造計算書など)がなければ建物を改めて調査して構造計算し直さなくてはならない。そのための費用負担が生じる。既存建物にある面積以上の増築を行う場合、既存部分も現在の建築基準法に適合させる必要があるため、構造補強が全体に及び、費用負担が過大になる。建築確認申請の業務が新築以上に煩雑になるのでためらうケースが多いのではないだろうか。 

 さらに、確認申請が必要な改修工事や用途変更は、既存建物の工事完了検査済書がないとできなくなった。福田首相の提唱する「200年住宅」(資料11)のストック重視の住宅政策の理念からかけ離れた状況を生み出した。建物を補修しながら長く使っていくどころか、建て替えを助長してしまっている。 

 改修不能な既存建物は一夜にして不動産価値を失ってしまったのだ。これは、国交省が事前に公表していないので、恐らく不動産業界もまだ気づいていないのではないかと思われる。

 構造計算書の偽造防止のために導入された構造計算を二重にチェックする構造計算適合性判定(適判)は判定員数の不足、導入時の理念からずれた手法、判定員の力量不足からトラブルが絶えない。 

 国交省は2,000人の適合性判定資格者を見込んでいたが、構造技術者を最も多く輩出している(社)日本建築構造技術者協会が、会員が耐震偽装問題に関係していたことから構造計算の検証業務からの撤退を表明した。適判を行う検査機関は人員を十分に集められない可能性が高い(資料9)。

 適判の対象は大きな建物に限らない。たとえ2階建ての木造建築でも、限界耐力計算による伝統構法の木造は東京にある(財)日本住宅・木材技術センターでなければ審査を受けられない(資料10)。過大な時間とコストを費やしてまで伝統構法による木造住宅を求めようとする消費者はほとんど現れない。長年培ってきた我が国の建築技術の衰退は避けられない。現在、伝統構法が在来工法と同じように確認申請ができるような環境づくりが取り組まれているが、3年以上かかり、ハードルは高い(資料11)。

 姉歯事件では構造計算プログラムによる構造計算書の改ざんが行われた。現在改ざん防止を徹底した構造計算プログラムの大臣認定の認証が行われていて、それが普及すれば審査期間が短くなると期待されている。しかし本来は、改正法施行前にどの社の製品も認証済みの状況になっているべきものである。

 改正法が施行されて1年経過しているが、未だに認証されたのは1社のみの状態である。しかもシェア上位メーカーの承認は棚上げし、シェアのほとんどない元国営企業の(株)エヌ・ティ・ティ・データ製だけを先行承認している。国交省は市場のニーズにも応えていないし、独禁法に抵触するのではないだろうか(資料12)。

 適判の導入によって建築デザインも変わってしまった。適判に伴う時間とコストのロスを避けるために構造形式を変えたり、構造規模を抑えたりするようになってしまった。建築は未知のデザインに挑戦することで発展してきたが、確認審査に不合格にならないようにデザインが萎縮してしまっている。建築士としては新たなデザインに果敢に挑戦したいと思っても、「建築主に過大な負担を強いるわけにはいかない」という言葉をよく耳にする。 

 木造2階建て程度の小規模建築物は「4号特例の審査省略」といって、確認申請の提出図面を省略できる(資料13)。確認申請の提出の義務はないが、建築士がそれぞれ建物の耐震性や衛生面などを確認することになっている。国交省はこの4号特例を廃止することにしているが、確認申請の停滞を招いた二の舞にならないように廃止の時期を見計らっている。

 建築業界では廃止は見送られるものと楽観しているが、廃止の延期は一時的なことなので、そう遠くない時期に実施されるだろう。ハウスメーカーが耐力壁計算を怠った事件が発覚し、国交省としてはすぐにでも廃止を実行したがっている。 

 緩和処置を廃止すると、構造伏図などの提出図面がかなりの量になる。これらの図面をすべてチェックするのは今の審査制度では不可能である。確認検査機関や特定行政庁の負担が多大になり、再び停滞をもたらすか、まったくチェックしないことになる。 

 今回のような事件を防ぐには、耐力壁計算書の添付をすれば足りる。緩和廃止にするのではなく、耐力壁計算書の添付を義務づければ確認申請の停滞を招くことはないであろう。国交省には柔軟な運用を期待する。 

 平時において確認申請が停滞しているこの混乱を早急に収束させければ大震災などの非常時に復旧復興が遅れることになる。「その時はまた特措法で処置すればよい」などと安易な考えを持っているようであれば、そもそも建築基準法を改正した意義を自己否定することになる。 

 建築基準法の改正による混乱を収束させない内に、改正建築士法、住宅瑕疵担保履行法、長期優良住宅法(200年住宅)と立て続けに法改正が行われている。それらがすべて施行されたときには国交省の責任は一切なくなり、確認検査機関、特定行政庁、建築士が責任を被る構図になる。

(つづく)


資料1 冬柴大臣会見要旨H20年6月20日
資料2 改正建築基準法のコーナー (財)建築行政情報センター
資料3 改正建基法1年(5)/68%が改正法の抜本的見直し求める ケンプラッツ
資料4 第169回国会 経済産業委員会 第12号 平成20年5月9日(金曜日)
資料5  新設住宅着工数および着工建築物床面積比較表
資料6 改正建築基準法の円滑な施行に向けた取組について 国交省
資料7 特別企画:改正建築基準法関連倒産の動向調査
資料8 改正建築基準法関連倒産、1年で105社に 帝国データバンク
資料9 構造計算書偽装問題で明らかになった課題への対応(記事中に表示)
資料10 HOWTEC構造計算適合性判定業務のご案内
資料11 伝統的な木造軸組住宅に係る意見交換会
資料12 【連載】建設・不動産業界の悲鳴、増えた倒産 改正建築基準法の波紋を振り返る(10)
      株式会社エヌ・ティ・ティ・データに対する警告について
      最初からNTTデータが本命 特定企業と癒着か 経産省・疑惑の公募(1)
資料13 小規模木造住宅に係る構造関係規定の審査省略見直しについて

政治

何でも飲み込む「顔なし」首相の「200年住宅」は砂上の楼閣?

木地鶴三 2008/01/28
福田首相が重要政策の一つとして掲げた「200年住宅」構想に141億円(平成20年度)を拠出するという。住宅の長寿命化は、このような予算をかけなくても可能であり、そもそも同じ場所に建物が200年間存在するということが絵空事である。この構想に対して、政治献金がどこから誰にどのように流れているか、最終的に誰が損害を被るのかを見極めなくてはいけない。

 第169回通常国会の所信表明演説で福田首相は重要政策の一つとして「200年住宅」構想を掲げた。
 これは福田首相が平成19年5月に自民党政務調査会の住宅土地調査会長としてまとめた「200年住宅ビジョン」がそのまま法案化される見込みである。(資料1、2)
 冬柴不況を招いている改正建築基準法の見直しがまだ終わっていない状況で新たな火種になりつつある。

 「200年住宅」の理念である「スクラップ・アンド・ビルド(つくっては壊す)」のフロー消費型社会からストック型社会への転換については異論を挟む余地はないであろう。 しかし、この構想の動機のいい加減さ、現状認識のずれ、未来予測の甘さの三重に曇ったレンズで捉えて出した荒唐無稽な「200年住宅ビジョン」に141億円(平成20年度)を拠出する余裕が今の日本にあるのであろうか。(資料3)住宅の長寿命化はこのような予算をかけなくても十分可能である。
 野党が掲げる政策に与党がしきりに財源の根拠を求めているが、このような無駄な拠出を洗い出せばいくらでも財源は確保できる。

 真の動機は不動産業界が求める「中古市場の活性化」であろうが、これから建てる建物の30年後中古市場を考えるより、現在建っている建物の中古市場を考えるべきである。 その方が産業廃棄物の削減にもなるし、耐震改修に弾みがつき、よほど社会に貢献できる。

 不動産流通の活性化を考えるのであれば、独占禁止法の不備によって巧妙に守られている「建築条件付き宅地」の仕組みを撤廃すべきである。(資料4)
 不動産業者が不当に利益を得ていないか監督官庁もマスメディアも監視すべきである。

 もう一つの動機とされる日本の建物の長寿命化は、住宅履歴書を作ったり、建物の耐久性を向上させることでは実現はしない。相続税の税制の問題、建物への愛着や新しいもの好き・きれい好きという日本人の意識の問題、増改築や用途転換が困難な建築基準法の問題などであり、現状分析と政策提言がともに的が逸れている。(資料5、6)

 「200年(住宅)」とは福田首相本人が言ったらしいメッセージ性という意味合いしかない浅薄な構想である。(資料7)
 年単位で温暖化が進んでいる状況、7世代に渡る社会情勢の変化、エネルギーや工法の技術革新を考えれば、同じ場所に建物が200年間存在するということがいかに絵空事であるかは想像できるであろう。
 この荒唐無稽な構想に、141億円の税金が使われ、超長期ローンが組まれ、無駄な建設投資が行われる。
 国交省は建設費の値上げをひた隠しにしているが、改正建築基準法と住宅瑕疵担保履行法による1〜2割の値上げに加え、「200年住宅」仕様によりさらに2割値上げになる。税制の優遇処置をとってもコストアップは吸収できないため、さらに建設投資の差し控え招き、また日本経済を停滞させる。(資料8、9)

 この構想に対して、政治献金はどこから誰にどのように流れているか、ガソリン税が公務員宿舎に流用されていたようにどのような天下り機関が創設され、どれだけのプール金が蓄えられるのか、そして最終的に誰が損害を被るのかを見極めなくてはいけない。(資料10)

 もはや「200年住宅法案(長期優良住宅の普及の促進に関する法律案)」は廃案になるか、福田首相が大事に懐に抱きながらその座から退いてもらうしかない。

●資料1200年住宅ビジョン
http://www.jimin.jp/jimin/seisaku/2007/pdf/seisaku-007a.pdf
●資料2 第169回国会(常会)提出予定法案について
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha08/00/000118_.html
●資料3 平成20年度住宅局関係予算概要
http://www.mlit.go.jp/yosan/yosan08/yosan/sosikibetu2/jutaku.pdf
●資料4 建築条件付き宅地とは
http://www.ads-network.co.jp/tokusyuu/t-09/t-0901.htm
●資料5 戸建住宅の寿命と建て替え要因に関する研究
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/377/1/Honbun-3531.pdf
●資料6 住宅の平均寿命「短命化」とその要因に関する分析
http://www.kyowa-u.ac.jp/kume/pdf/jumyou.pdf
●資料7 福田首相の200年住宅を応援しよう
http://journalist.realestate-jp.com/?eid=588932&target=comment
●資料8 住宅瑕疵担保履行法
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/jutaku-kentiku.files/kashitanpocorner/lawgaiyou.pdf
●資料9 国交省、「200年住める」住宅促進
http://home.yomiuri.co.jp/news/20080121hg04.htm
●資料10 道路財源で職員宿舎=「法に基づき提供」−冬柴国交相
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2008012500435

政治

「冬柴不況」到来!! 改正建築基準法の影響とその背景(その2)

木地鶴三 2007/12/11
「耐震偽装」は姉歯元建築士など民間業者・機関のしわざという理解が一般的だが、姉歯以前からもっと大量に耐震偽装をしてきたのが都市再生機構である。構造計算書を紛失したとして再作成するさい2度にわたってねつ造するなど悪質さも一段深い。改正建築基準法は機構の「悪行」から国民の目をそらさせるものだ。

 冬柴鐵三国土交通大臣と国土交通省は構造計算書偽装(耐震偽装)問題を意図的に姉歯事件など民間の業者と民間確認検査機関が起こしたものとして扱っている。しかし、社会的責任と数の多さからより重大なのは、都市再生機構(旧住宅・都市整備公団)の耐震偽装である。

 国交省のホームページには姉歯元建築士が関わっている耐震偽装物件として1997年から2004年までの20棟が挙げてある(資料1)。

 機構の耐震偽装物件(国交省が表現する「工事上の瑕疵に加え、設計に関して不適切な事実」)は1989年から1992年までの46棟である。このうち20棟は建て替え、16棟は補修が決まったが、10棟は未定である。すでに335億円を拠出している。
 姉歯物件よりも都市再生機構の方が耐震偽装が行われた時期が先であり、棟数も多い。何より国民が信頼していた同機構が建てた共同住宅で耐震偽装が行われていた事実は重大である(資料2、3)。

 さらに機構が悪質なのは、紛失した構造計算書の再作成のさいに2度にわたってねつ造していたことである。当時の社長がその事実を認めている(資料4)。機構には構造計算書の保管義務があったのに、構造計算書の紛失は全体の3割にあたる1,879件にも及んでいたことが判明した(資料5)。

 この一連の耐震偽装に対して、国交大臣が下した処分は、同機構理事長(元建設事務次官)への「文書厳重注意」だけだった(資料6)。都市再生機構はこれだけの不祥事を起こしても、都市再生機構法住生活基本法などの法律で守られ地位を保証されている(資料7、8)。

 都市再生機構はニュータウン開発の失敗などで14兆7,000億円の借金を抱え、毎年1,500億円税金が投入されている。その税金も、機構から天下り会社に随意契約という形で安定的に分配されている形だ(資料9、10)。

 機構が開発した分譲地では、傘下の住宅供給会社が建設費の25%を経費としてピンハネして民間ハウスメーカーや建設会社に孫請けさせ、品質低下が避けれない住宅を供給している事例もある。

 都市再生機構は、渡辺喜美行革担当大臣から独立行政法人改革の一環として民営化を迫られている。渡辺行革大臣が同機構を訪れたときに、民営化に抵抗する小野理事長に対して「機構の業務は民間でもできる」と断言した(資料11)。12月3日の冬柴大臣の会見では、同機構の民営化に関して「私を抵抗勢力とすることをしたら許せない」と凄みを効かせながらゼロ回答だった(資料12)。

 同機構が民営化されれば傘下の37法人に影響が出てくる(資料13)。さらに、国交省住宅局には73公益法人がある。もし同機構が突破されると、他の法人にまで民営化が及んでくることを恐れているのではないだろうか(資料14)。冬柴大臣が独立行政法人改革でも国民の声を聴かず、官僚の利益代表になっているのは大変情けない。

 改正建築基準法は、国民からの都市再生機構への非難を回避し、国交省の体面を維持し、公益法人の生き残りを図るために行われている。その結果として日本の経済・技術・文化の崩壊を招くのでは代償が大きすぎる。

 現在の改正建築基準法・改正建築士法を今すぐに抜本的に見直すべきである。私見では、耐震偽装問題の解決策は以下のように考えられる。

(1)構造計算プログラムは改変不可能にする。「適判」事例は対象を限定する。
(2)米国の「インスペクター制度」にならって現行の中間検査・完了検査の制度を住宅品質確保促進法の性能評価に準じて改善し、検査回数を増やし、特定行政庁・民間確認検査機関・消防庁の権限を強化し、住宅安全確保の視点で検査を義務化する(資料15、16)。
(3)建築意匠、構造、設備の有資格者が正当な報酬によってその責任で業務を行えるようにする。
(4)有資格者の故意による法規違反には厳罰で対処する。
(5)性能保証制度・完了保証制度に加え、瑕疵担保補償制度を設ける。
(6)建築着工数が回復されるまで、改正建築基準法の影響による倒産の恐れのある企業に対して規模・業種を問わず利率0%で融資をする。

 大臣・官僚の代用は可能だが、長年培ってきた技術の伝承と技術者の養成は一朝一夕にはできない。国民の利益代表としての決断を冬柴大臣に求めたい。

 ※事実誤認があった場合はどうぞお申し出ください。調査の上、その部分については訂正させていただきます。

●資料1 姉歯元一級建築士による構造計算書の偽装があった物件
●資料2 耐震強度不足での都市再生機構・小野理事長の苦悩
●資料3 八王子・都市機構マンション 欠陥10棟改修手付かず
●資料4 都市機構マンション強度不足 「数値、ねつ造した」
●資料5 都市再生機構、構造計算書紛失1879棟
●資料6 独立行政法人都市再生機構(旧公団)の分譲住宅の不適切な事案に係る措置について
●資料7 都市再生機構法
●資料8 住生活基本法
●資料9 第2の道路公団UR3兆円損失責任とらず、税金の無駄遣い続く
●資料10 「公益法人等との随意契約の適正化について」の公表
●資料11 天下りシステムやめろ! 独法改革「本丸」にスパモニ噛みつく
●資料12 独法改革案 舛添氏は積極的に協力の考え
●資料13 特定関連会社、関連会社及び関連公益法人の概要(21ページ)
●資料14 住宅局関係公益法人一覧
●資料15 インスペクター制度
●資料16 住宅品質確保促進法

政治

「冬柴不況」到来!! 改正建築基準法の影響とその背景(その1)

木地鶴三 2007/12/10
建築着工数の回復は、改正建築基準法の抜本的見直しを現時点で行ってもその効果が現れるのは半年以上先になる。冬柴大臣は国民の声を真摯に受け止め、政治家として「今」決断するしかない。

 11月30日に日本外国特派員協会で冬柴大臣は改正建築基準法による建築確認申請の審査業務の滞りについて説明した(資料1)。
 その中で記者に対して間違った事実を伝えている。


冬柴鉄三国土交通大臣 日本外国特派員協会で会見したが……」より、撮影:兼古勝史)">
11月27日、日本外国特派員協会で会見する冬柴国交相(「冬柴鉄三国土交通大臣 日本外国特派員協会で会見したが……」より、撮影:兼古勝史)

 大臣自身が兵庫県出身であることを強調しているように当事者意識が強い阪神大震災の犠牲者数を100人近く少なく言い誤った。
 そしてこの震災で得た教訓は、国交省が現在推し進めている「建物の耐震補強」「家具の固定」という事前対策であるが、地震に不慣れな外国人に対して国交大臣としてこの2つの対策を強調して伝えるべきであったが、地震時に冬柴家で起きた「書架が歩いた」、「テレビが飛んだ」などのエピソードを脳天気に紹介した程度だった。

 都市再生機構(旧公団)の耐震偽装にはまったく触れず、姉歯事件や今年10月に発覚した横浜市の分譲マンションの事件を取り上げた。
 姉歯氏の名前をだした際は「日本人でも奇妙な名前」という表現を意味なく添えて弁護士としての資質を疑いたくなる人権感覚のなさを露呈した。

 横浜市西区の共同住宅の構造計算書偽装事件は姉歯事件とは違い、建築主、設計者、工事施工者はどれも大手企業であった。冬柴大臣はこの偽装事件発覚の理由を「二重チェック」によるためと説明し、改正建築基準法の構造計算適合性判定制度(適判)の有効性を臭わせたが、実際は住宅品質確保促進法(品確法)の性能評価の検査で判明したものである。この物件を審査した民間検査機関では適判制度とは別に構造計算の二重チェック体制を取り入れていたが見逃してしまった。

 このことは改正建築基準法の適判制度より既にある品確法の性能評価の方が有効であることを示唆している(資料2)。

 特派員協会で質問した記者は改正建築基準法問題を「官製不況」ではないかと指摘したが、冬柴大臣は着工数の増加や確認申請数の増加を過大に強調し、GDPに影響ないと断言した。

 ところが10月の住宅着工数は前年同月比35.0%減、全建築物着工床面積は前年同月比31.5%減である。木造住宅(4号建築物)では元に戻りつつある(これまでの減少分を勘案するとまだまだ)が、新設マンションは前年同月比71.1%減である(資料3)。

 冬柴大臣は確認申請数の増加を強調しているが、10月の適判の合格件数は873件と非常に少ない。適判対象件数がどれだけかの統計はないが、例年並みに回復するには10倍以上の合格件数が必要になる(資料4)。

 「規制強化によって官製不況になること」と「規制強化によって業界の不祥事を排除すること」とのバランスについてどう思うかの質問には、冬柴大臣は「いかにバランスをとるかが我々にとっても悩ましいところである。法律によって規制するよりは自由にして事後規制をきちんとすることが大事だと思っている」と答えたが、耐震偽装事件に対する対応と冬柴大臣の考えとの乖離が甚だしい。

 筆者としては、特派員協会で冬柴大臣は「二度と建物の倒壊による犠牲者を出さないこと」「建築確認審査業務の停滞は2、3ヶ月で解消し、今年度末には建築着工数を例年並みに回復させること」「改正建築基準法による建設関連業者の倒産を1件もださないこと」を国交大臣として宣言し、国際的にも信頼を勝ち取るべきであったと思う。

 改正建築基準法が施行されて半年近くになるが実務者はどのようにとらえているであろうか。

 以下は日経BP社のアンケート調査の結果である(資料5)。
【Q:国交省が改正建築基準法の円滑化策で建築確認が下りやすくなったか?
A:・下りやすくなった 6% ・変化はない 68%
Q:建築確認の停滞による混乱はいつまで続くと思うか?
A:・2〜3月 1% ・半年〜1年 31% ・1年以上 47%
Q:建築確認の停滞による会社経営に及ぼしている影響は?
A:・どちらかと言えばマイナスの影響 13% ・マイナスの影響 77%
Q:仕事の手間はどのように変化したか?
A:・3倍以上に増えた17% ・2〜3倍以上に増えた33% ・1.5〜2倍以上に増えた23%
Q:改正法施行を契機に会社を辞めたいと思う?
A:・辞めたいと思うことはない 36% ・辞めたいと思うことがたまにある 32% ・辞めたいと思うことがよくある 29%
Q:建築確認の停滞問題の解決策は?
A:・改正建築基準法の運用を柔軟にすべき 27% ・改正建築基準法を抜本的に見直すべき 68%】

 このような状況下で、12月4日の定例会見で今回の建築基準法・建築士法の改正について「本質は二度とこういう不届きなことが行われないようにするという改正ですので、国民の皆様方にご理解を賜り、温かい目で見守って欲しい」というまたまた脳天気なコメントを出したために実務者の間からは冬柴大臣への非難の声が絶えない
 「温かい目で見守っている」間に優秀な技術者は日本から姿を消してしまう(資料6および資料7)。

 国交省から、書類添付の煩わしさを押しつけられた特定行政庁や民間確認検査機関から溜息がもれ、改正法の撤回を迫る実務者から非難され、改正法による建設費値上げと工期の延長を強いられる消費者から不満の声が出始め、経済界や他の省庁からは「国交省は経済を知らない」と揶揄され、冬柴大臣は国交省の官僚とともに孤立を深めている

 改正建築基準法を全会一致で可決した国会議員も、改正法の中身を提案した建築関連の学会や業界代表も、無批判に承認した消費者団体も、国交省の言うなりのジャーナリストやマスメディアのいずれもが、日本が崩壊することがわかっていても抜本的な見直しを言い出せない

 建築着工数の回復は、改正建築基準法の抜本的見直しを現時点で行ってもその効果が現れるのは半年以上先になる。冬柴大臣は国民の声を真摯に受け止め、政治家として「今」決断するしかない。もしその決断を遅らせれば「冬柴不況」は避けられず、技術立国ニッポンは経済的にも文化的にも崩壊する。

 耐震偽装の背景と解決策を次回に報告する。 (つづく)

●資料1:冬柴鐵三国交相が日本特派員協会にて会見(映像・TVJan)
●資料2:横浜市内の物件における構造計算書の偽装とその対応について
●資料3:建築着工統計調査(平成19年10月分)
●資料4:最近の建築確認件数等の状況について
●資料5
【建基法不況の現実】(4)改正内容の周知が進むほど景気は冷え込むはず
【建基法不況の現実】(6)改正法施行で61%の建築実務者が「会社辞めたいと思う」
【改正建築基準法】(住宅着工大幅減を巡る“冬柴発言”に建築実務者が怒りの声
 ・改正建基法で6割の建設会社が建設コスト増、日経アーキテクチュア調べ
【建基法不況の現実】(1)このままでは2〜3カ月で会社はつぶれる
【建基法不況の現実】(5)建築実務者の手間「2倍以上」が半数、「収入減」は53%
【建基法不況の現実】(4)改正内容の周知が進むほど景気は冷え込むはず
●資料6:冬柴大臣会見要旨(平成19年12月4日)
●資料7:【改正建築基準法】「通常に戻るまで時間がほしい」、冬柴国交相が会見

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国交省のもくろみ・改正建築基準法の背景:その2

木地鶴三 2007/10/04
世界レベルでは一般的に使用されている有効な薬剤が、日本では使用を認められていないケースが、多々ある。薬剤によっては、20年も遅れている場合さえある。医療関係者の間では常識だが、患者や患者の家族は問題にぶつかって初めて知り、愕然とすることになる。東京で開かれたこの問題を考える集会の模様を報告する。

 国交省はこの機に乗じて「住宅・建築物の安全性対する国民の信頼回復及び建築行政における対応迅速化を図るため」と称して「建築行政共用データベースシステム」を立ち上げ、その整備費に2007年度は14億円、3カ年で約40億円を見込んでいる。(資料16〜18)

 このシステムでは建築士事務所に関して公開される内容は登録簿、処分歴、年次報告である。情報公開の必要性から弁護士会は弁護士の個人情報を公開しているが、その内容は本人の自己申告に基づいている。医師・歯科医に関しては厚労省のホームページで行政処分を受けている間だけ公開している。これらと比較しても建築士に関しては情報公開の内容と報告義務違反に関しての処分は格段に厳しい。

 建築士事務所の情報公開に関するアンケートでは、業務実績などの公表については賛否がわかれ、情報公開による偽装事件の再発防止の成否もほぼ同数であり、投資に合った効果は期待できない。(資料19)

 このシステムの一つである法令のデータベースの利用目的は「既存建物が既存不適格か違反建築かを調べやすくなる」と国交省は説明しているが、それを調べてどうなるものでもなく、実質的に無意味な目的のために税金が使われそうである。まずはこのデータベースを使って国交省所管の官庁施設を調べてみてはどうか。(資料20)

 この他のシステムに関しても特定行政庁ごとに行うべきことや指定確認検査機関に個別にあたれば事足りることなので税金の無駄遣いである。

 構造計算書偽装問題を契機にこれまで以上に指定確認検査機関や建築士の倫理観が問われる状況の中で処分される検査機関や建築士の数はどれほどであろうか。
 多くの国民が不審を抱いている通り、このシステム開発もまた国交省が天下り組織に税金を垂れ流す目的以外の何者でもない。
 
 今度の改正建築基準法では初めて構造計算適合性判定制度(「適判」)(資料21)が盛り込まれた。これまで国交省が指導してきた確認申請の審査制度では構造計算書の偽装が見破られなかったためである。一般的には二重チェックにより建築の質は高まるとみられるが、実際は必ずしもそうならない状況がでてきている。

 国交省の見切り発車のために大臣認定プログラムが間に合わず、構造事務所では「適判」に対応するための作業量が膨大になり、確認申請が滞る一因になっている。
 改正建築基準法の「手続きの厳格化」のために確認申請の準備に時間がとられるため構造設計に割かれる時間が少なくなり構造的な検討が十分にできない。

 「適判」制度には有能な構造専門家を必要とするが人材不足の状態が続いているために本来建物の構造設計に関わるべき構造専門家が「適判」の判定員として吸収されてしまう。
 「適判」制度により構造事務所の作業量と責任が増し、ハイリスク・ローリターンな業種になってしまったため構造専門家の離職が出始めている。

 建築物が「適判」の対象になるかどうかはコストに大きく影響するため構造の選択肢が狭まる。
 「適判」判定員も設計者も双方で自己規制が働き、創造的な建築はできなくなる。

 このような弊害がでてきてもなお、「適判」業務を行う天下り組織である財団法人は意気揚々としている。

 構造計算書偽装問題は官尊民卑の社会構造を浮き彫りにした。

 姉歯問題が発覚する以前から構造計算書偽装は行われていた。それは国民が安心できる住まいを獲得できたと無邪気に信じていた公団住宅で行われていた。46件の耐震強度不足が判明し、そのうち20棟が建て替えられる。間接的に税金が使われるであろう。偽装だけでなく度重なる隠蔽も行われていた。公団では構造計算書の永久保存が義務づけられていたが、50件の紛失が明らかになっている。

 しかし、これらの問題に対して国交相から下された処分は文書厳重注意処分にとどまった。(資料22〜26)

 これだけのことをしても天下り組織である独立行政法人都市再生機構は未だに存続して十分な税金を与えられ肥大化している。組織を改編するにあたり建設は行わないとされていたと記憶しているが、関連会社(株)URリンケージがその業務をしっかり補完している。(資料27、28)

 一番初めに構造計算書偽装を告発したイーホームズ(株)の藤田社長がしたことと、国交省および都市再生機構(現)がしたことの罪の重さを比較するとき、今日の結果に納得する人はどのくらいいるのであろうか。

 今こそ一人一人が「悪法も法なり」に異議申し立てをすべき時ではないだろうか。


※事実誤認があった場合はどうぞお申し出ください。調査の上その部分については訂正させていただきます。


●資料16 建築行政共用データベースシステム

●資料17 建築行政共用データベースシステム連絡協議会

●資料18 平成19年度住宅局関係予算決定概要(P13)

●資料19 「建築士や設計事務所の情報開示」は賛否両論、読者アンケート調査その5(構造計算書偽造特集120)2006/04/28

●資料20 【耐震診断】国交省所管の官庁施設の35%が耐震性不足、28%は建基法の基準を下回る

●資料21 構造計算適合性判定制度

●資料22 都市機構マンション、耐震強度が基準の58%

●資料23 都市機構マンション強度不足 「数値、ねつ造した」

●資料24 八王子の旧公団マンション、都市機構検証でも強度不足

●資料25 都市機構、構造計算の誤り隠ぺい…理事長ら10人処分

●資料26 耐震強度不足での都市再生機構・小野理事長の苦悩

●資料27 独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)

●資料28 (株)URリンケージ

政治

国交省のもくろみ・改正建築基準法の背景:その1

木地鶴三 2007/10/03
建築基準法改正の影響で、建築着工数が減っている。建築着工数の落ち込みはそのまま建設関連業者の倒産につながる。下請け業者や中小工務店から影響が出始める。国交省は早急に事業資金の低利貸し付けなどの倒産防止策を講じるべきである。

 9月28日に、国土交通省は8月の建築着工統計を発表した(資料1)。全建築の着工床面積は、前年同月比42.1%減(7月は22.7%減)、新設住宅着工戸数は、前年同月比43.3%減(7月は23.4%減)である。

 建設業総生産額は約40兆円で、国内総生産額約500兆円の7〜8%にあたり、単純計算すると8月だけで1兆4000億円の損失である。これは6月20日に施行された改正建築基準法の影響が数字として現れた一例で、日本経済の破壊の予兆である。

 国交省は8月の発表でその理由を「制度変更に伴う手続上の要因によるものであり、その影響は一時的なものである」としていたが、9月の発表ではその表現は削除されており、国交省がいつまでも「一時的なもの」と言っていることにばつの悪さを感じたためであろうか。

 また、同日国交省は「最近の建築確認件数の状況について」というコメントを出した(資料2)。その中で「建築確認件数について、4〜6月の水準に比べて7月は大きく落ち込んでいるが、8月は、4号建築物(木造2階建等の小規模な建築物)については、ほぼ従前に近い水準に戻りつつあるとともに、1〜3号建築物(特殊建築物、一定規模以上の建築物)についても改善の傾向にあり、それらを反映して、全体としても回復しつつある」という見解を示している。

 国交省の見解に反して、東京都の調べでは、1〜3号建築物を対象に行う構造計算適合性判定の申請は、都内の特定行政庁においては8月末までで0件である(資料3)。

 国交省は改正建築基準法の定着化を謀る(敢えてこの表現で)ために「改正建築基準法・質問箱」を開設したが、「ご意見、ご要望や制度の必要性に関するご質問等は受け付け出来ません」と明言しているように、国民の意見を聞く気は毛頭ない(資料4)。

 今後、確認申請件数は微増するとみられるが、これは設計事務所がこれまでの数倍の手間とコストを費やして辛うじて業務を遂行した結果であり、実務者の誰もがこの状態が続くことに大いに懸念を抱いている。遅きに失したがようやく各業界団体が是正を求めて行動し始めた(資料5〜8) 。

 建築着工数の落ち込みはそのまま建設関連業者の倒産につながる。下請け業者や中小工務店から影響が出始める。国交省は早急に事業資金の低利貸し付けなどの倒産防止策を講じるべきである。

 国交省は、2006年に改正耐震改修促進法(資料9)を施行し、10年後に耐震化率9割を目指して動いている最中、一方で耐震改修の担い手である中小工務店を倒産の危機に追い込んでいる。町場では技術力があり良心的な大工・工務店ほど憂き目にあうとささやかれている。

 さらに、2009年に施行される住宅瑕疵担保履行法(資料10)は、消費者の負担が増すとともに業者の経営を圧迫する。改正建築基準法が施行されている現在、この法律の目的である「より安心できる住まいの取得のため」には住宅性能表示制度(資料11)を使えば十分事足りる。

 規制緩和の流れと逆行するかのように、国交省は指定確認検査機関や設計事務所に対しての締め付けも行っている。理不尽な改正建築基準法に対処するために指定確認検査機関や設計事務所が懸命に努力しているのとは裏腹に、国交省は改正建築基準法と共に罰則強化を目的とする改正建築士法を施行した(資料12〜14) 。

 その一例として、改正建築士法では建築士事務所に業務実績を毎年行うように義務づけられたが、その報告を怠った場合30万円の罰金が科せられ、業務停止1月の処分を受けることになる。指定確認検査機関も同様な罰則が科せられる。先の構造計算書偽装問題で結果としてイーホームズ(株)が廃業に追いやられた記憶が蘇る。国交省が民をコントロールしようという恐怖政治そのものの実態である。

 人の生命と財産を預かる弁護士や医師と比較して、建築士に対する業務遂行の手足を縛る規制強化は行き過ぎであり、創造性が命である建築士の職能を萎縮させてしまう。国交省は平然と「改正建築士法に対応できない建築士事務所は淘汰されるだろう」と涼しい顔である。

 改正建築士法において日本建築家協会の役割も忘れてはいけない。日本建築家協会は一般人にとっては関心が薄い「建築家の職能」について訴えている団体であるが、改正建築士法に関して緊急提言を行った(資料15)。この提言のほとんどの項目は改正建築士法に盛り込まれているが、この改正法によって同協会の目的は達成できると考えているのであろうか。

 提言の中に現行の一級建築士の上位にあたる統括する建築士の資格を設けることや建築士が多すぎることを訴えている。この際は範を示すために内規によって同協会会員全員に現行の一級建築士試験を受験していただいてはいかがだろうか。同協会が主張するように、一級建築士試験の合格ラインに満たない会員は建築士の資格を返上すれば数を減らすことができる。

 おおよそ40歳以下の若い世代は厳しい試験内容で合格を果たしている。それより上の世代の建築家は現在のような厳しい試験を経験してはいないのではないだろうか。一級建築士試験を受験していなくてもその資格を与えられている建築家も存在する。

 現行の制度では若い世代へのしわ寄せが大きく、建築家に憧れを抱いて踏み入れた若者がこの世界に絶望してしまうことを危惧する。(つづく)

●資料1 建築着工統計調査(平成19年8月分)

●資料2 最近の建築確認件数の状況について

●資料3 【改正建築基準法】都内特定行政庁の「適判」伴う確認件数、8月末までゼロ

●資料4 改正建築基準法・質問箱の開設

●資料5 【改正建築基準法】設計者の努力だけでは対応に限界、日事連緊急会議の参加者が指摘 2007/08/31

●資料6 【改正建築基準法】改正法の見直しを国交省に要望、JSCA 2007/09/06

●資料7 【改正建築基準法】着工後の計画変更への柔軟な制度運用を、建築業協会が国交省に要望 2007/09/26

●資料8 【改正建築基準法】確認申請関連の政省令見直しを自民党に要望、都建築士事務所協会 2007/09/21

●資料9 改正耐震改修促進法

●資料10 住宅瑕疵担保履行法

●資料11 住宅性能表示制度

●資料12 建築士法等の一部を改正する法律案について

●資料13 一級建築士懲戒処分の基準

●資料14 指定確認検査機関の処分の基準、建築基準適合判定資格者の処分の基準及び登録住宅性能評価機関の処分の基準について

●資料15 「建築士法改正」に向けて日本建築家協会からの緊急提言

暮らし

改正建築基準法が日本の破壊を招く

江原幸壱 2007/09/04
耐震偽装事件を受けて改正建築基準法が6月に施行されたが、手続きの厳格化のあまり実務者は出口のない迷路を彷徨っている。このままだと消費者の負担が増し、建設業者の倒産にもつながるのではないか。

国土交通省が行なった「姉歯建築設計事
務所による構造計算書の偽造とその対応
について」の報道発表を受け、営業を休止
した「京王プレッソイン茅場町」の全景
(2005年12月・編集部撮影)

 2005年に発覚した構造計算書偽装問題(姉歯事件、耐震偽装)を受けて、2006年に成立した改正建築基準法が今年6月20日に施行された。この日以降建築確認申請は滞ったままの異常な状態が続いている。住宅着工数の激減にもつながっている。(資料1)

 建設業界誌は、今度の改正建築基準法に対して「現場知らずの法改正にうんざり」という実務者の怒りと困惑の声を伝えている。(資料2〜6)

 この状態を受けて、8月27日に日本建築士事務所協会連合会が開催した「緊急拡大全国会長会議」において小川富由・大臣官房審議官は建築確認申請が滞っている事実を認めて、申請手続きの円滑化に取り組む意向を明らかにした。(資料7)

 しかし、国交省は「申請手続きの円滑化」に取り組めば現場の混乱がなくなると認識しているが、実務者は、根本的な解決にはなっていないので現在の混乱が収束することはなく、さらに悪い状況を招くと考えている。

 構造計算書偽装問題が起きた主な原因は、1.一部の建築設計士とマンション販売会社の職業倫理の欠如、2.国交省が改竄可能な構造計算プログラムを認定したこと、3.確認申請のチェック体制の制度上の不備、などである。

 この原因を考える際、当事者の一人である指定確認検査機関イーホームズの藤田東吾社長の著書『月に響く笛 耐震偽装』が参考になる。国交省が何故、現実的でない改正建築基準法を作ったかがよく理解できる。

 法律が作成、施行されるまでの過程で以下のようなことが検討されたか疑問である。

 まず、この問題の一方の当事者である国交省の担当者が法律作成に関わることの是非である。改正建築基準法をそれぞれの立場から眺めると国交省の負担も罰則もなく、指定確認検査機関、特定行政庁、建築士、建設業者、消費者の負担が重い。特に建築士の罰則は医師、弁護士に比べかなり重く、バランス感覚を逸している。

 消費者保護の観点から、国交省は、消費者がどの程度新たな負担を受容できると考えているのであろうか。住宅の品質確保促進法の性能表示制度の伸び悩みを見れば、消費者が建物の安全性を確保するためにかける新たな負担を受容するとは考えにくい。日経BP社のアンケートの回答でも明らかである。(資料8)

 確認申請手続きに伴う負担に加えて、2009年度から開始される住宅瑕疵担保責任の資力確保の義務付けは、消費者にさらなる負担を強いることになる。果たして消費者保護になるのであろうか。

 実務者からの疑問は、改正建築基準法が実務に即しているか十分に検証されたかという点である。「手続き」の厳格化をうたった法律であるが、建築基準法の一つ一つ条文を厳格に適用することにつながり、そのことが実務者を「出口のない迷路」に彷徨わせてしまっている。法律に携わった者は、法律や建築行政の専門家であるが、実務については全くの素人である。

 さらに、国交省は確認申請に添付する書類の量の膨大さに気づいているかという点である。建築士の登録番号や建材の認定番号などの表示で十分証明できるところを、それぞれの登録書の複写や履歴書、建材の認定書などの書類をすべて添付しなくてはならないことの意味が理解できない。建築士や建設業者不信以外の何者でもない。指定確認検査機関、特定行政庁、設計事務所はそれぞれに確認申請書を15年間保管する義務が課せられているが、保管場所の確保が可能かどうか考慮しているのだろうか。

 他の法律でも当てはまることだが、パブリックコメントの扱いについてどのような認識でいるのであろうか。改正建築基準法に関してパブリックコメントが出されたことをまったく知らない実務者は多い。改正法に直接関わる指定確認検査機関や改正法に疑問を持っていた実務者から見直しを求める意見は多かったはずであるが、今度の改正建築基準法にほとんど反映されていない。国交省は、今度の改正建築基準法に対して実務者の9割以上(資料9)が反対している状況について、民意を反映した内容であったか十分に反省してほしい。

 筆者は国交省建築指導課に対して今年7月に「改正建築基準法が日本の建設産業の停滞を招くことになるが、その覚悟で施行していうるのか」と問うたところ、「そうである。」と即答した。今頃になって停滞している状況を想定外としている国交省の認識の甘さはいかがなものであろうか。構造計算書偽装問題を誘発した原因と合わせ、改正建築基準法の施行による社会的混乱を招いた責任は二重に重い。

 最後に筆者の私見ではあるが、改正建築基準法は、構造計算書偽装問題の解決という本来の目的を超えて、日本の経済・文化・環境の破壊を招くことになると考えている。

 今後の影響について以下のように考察できる。
1.手続きの煩雑化や住宅瑕疵担保責任の保険・供託金制度などにより消費者の負担が増加し、住宅建設を控える。
2.現在の確認申請の滞りは建設業者の倒産につながり、失業者・自殺者を増加させる。3.工事段階での計画変更が現実的に不可能な法律の下では建築の質の低下は避けられない。
4.木造住宅の工業化・画一化が一層進み、伝統的木造住宅の建設は困難になり、建築技術の衰退と職人の能力低下を招く。リフォーム工事や耐震改修工事ができる大工の確保が困難になる。
5.木造住宅の画一化は、地方の美しい景観を破壊する。
6.すべての木材の性能表示の義務化によって地域材の流通は阻害され、森林破壊を招く。(資料10)

 このような影響について国交省はどのように認識し、解決策を講じるのだろうか。

【資料】
1.住宅着工6年ぶり低水準、建築基準法改正で手続きに時間(読売新聞)
2.【改正建築基準法】現実離れした法に「怒り」と「困惑」の声――緊急実態調査(4)(日経BP社)
3.【改正建築基準法】責任逃れの姿勢を問題視――緊急実態調査(5)(日経BP社)
4.【改正建築基準法】審査側も把握しきれていない改正内容――緊急実態調査(6)(日経BP社)
5.【改正建築基準法】申請図書作成の負担増で実務者は悲鳴――緊急実態調査(7)(日経BP社)
6.【改正建築基準法】社会への周知不足――緊急実態調査(8)(日経BP社)
7.【改正建築基準法】確認申請の滞りを国交省担当官が認める(日経BP社)
8.【改正建築基準法】住まい手の半数以上が「費用増は負担したくない」(日経BP社)
9.【改正建築基準法】「構造計算書の偽造が防げる」はわずか12%<アンケート結果・第3弾>(日経BP社)
10.改正建築基準法の撤回を求める意見書(木の建築設計)